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2018_02
18
(Sun)23:45

そだね考

関西に住んで30年、
普段の会話でも関西弁のイントネーションが自然に出るようになりましたが、
でも時々、
あ、抜けきってない、
北海道弁がでます。

あー、もう、このボールペン書かさんない、とか、
さっきも言ったしょや、とか。

こちらだと、相槌や肯定の表現は「そ(う)やな」になります。
自分では関西弁で会話しているつもりだったのに、
あるとき気づいたら、「そやね」と言ってて、
おまけにそのイントネーションが「そだね」でした。

母親と、「おしとやかに『そうね』と言えばいいのに、どうしても『そだね』と言っちゃうねえ」
と笑ったことも。

第158回芥川賞に輝いた若竹千佐子さんの「おらおらでひとりいぐも」は、
主人公の心情を表現する東北弁が、その人自身の人生や、その人が属した共同体の歴史や、女性としての、人間としての太古から続き、根底を流れて来たものを表現する比喩のように用いられている(、と思う)のですが、
学生時代を青森県の弘前で過ごした私の頭のなかでは、本を読んでいる間、東北弁の部分があのイントネーションとリズムを持って流れていました。
作者は岩手出身だそうで、私が聞き慣れた懐かしい津軽弁とは違うものの、
「おらだば、おめだ。おめだば、おらだ」
この文を読んだ瞬間から、ストンと本の世界に入って行きました。
多分、東北弁に馴染みのない人に比べて、すんなりとするすると読みこんでいけたのじゃないかと思います。

普段北海道弁をあまり聞き慣れていない方々にしてみたら、「そだねー」は単に可愛らしく聞こえるのかな、
でも、北海道弁に慣れた人には、あの「そだねー」に潜む迷いとか決意とかの、その時の心情を聞き分けられるのじゃないかしらん、と思ったり。
いや、そんな難しいこと言わないでもいいね、
多分確実なのは、
「内地」に住む北海道出身者の皆さんは、関東や関西出身者の人たちとはまた違った感情を抱きながらカーリングを見ているだろうということです^^

文字で表された「そだねー」、
それを読む人達の頭の中で、あのイントネーションで音がなり、
その中で北海道弁に慣れた人たちの頭の中では、いろいろな感情を表現するたくさんの「そだねー」がなっていて、
日本全国あちこちで、たくさんの「そだねー」が鳴り響いていると考えたら、
なんだか楽しくなってきました。

C.O.M.M.E.N.T

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