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2016_04
17
(Sun)01:29

DOとBE

ちょっぴり元気のない時には、
「なーに暗い顔してんの、元気出して、ほれっ!」と背中をバーンと叩いてもらうと、
うん、そうだね、元気出していこう、
という気になる。

でも、もっと元気のない時には、
あまり元気な人が相手だと、そのエネルギーに押されてしまって、かえって疲れちゃう時もある。
そんな時は、
「なしたのさ、なんかあったのかい?」と色々話を聞いてくれて、
そうかそうか、ふんふん、とうなづいてくれる人がありがたかったりする。

元気も何もかも枯れ果てて、疲れ果てて、
自分がとても惨めで駄目な人間に思えてきて、
私なんて誰の役にも立たない、いなくても誰も困らない、
自分で自分が嫌になり、もう何もかも投げ出したくなった時、
ただいつものようにそばにいて、別に何か話すわけじゃなくてもそばにいて、
顔を向き合わせているわけじゃないのに、こちらをちゃんと受け止めてくれている、
そんな人の横顔が涙が出るほど嬉しかったりする。

形は違っても、その人たちは皆、私のことを気にかけてくれていたのだ。


病気の人のところへ、お見舞いに行って楽しい話をして元気付けたり、
栄養つけて、と美味しいものを持って行ったり。
でもその人の病気が進んで、使える薬も少なくなって、食事も思うようにできなくなって、体を動かすことも、しゃべることも辛くなってしまった時、
おしゃべりしても疲れさせる、食べ物を持って行っても食べられない、
元気なこっちの姿を見せつけるようで気まずい、衰えたあの人の姿を見るのも辛い、
そして自分には何もできることがないからと、何となく疎遠になっていく。

「でも、そうやって、誰も来なくなることが辛いのです。自分はもう誰にも必要とされていない、と感じることが辛いのです。」
「何かをすることができなくても、そこにいることが大切なのです。」

「doing」ではなく「being」なのだ、と教えてもらった。


JALから、マイルを熊本地震の被災地支援に寄付できるようになったとのメールが来た。
最小レベルではあったけど、早速してきた。
実際、私のマイルのほとんどは、WAONでの買い物でチマチマとついている。
ほとんど飛行機に乗らないから、日々の夕食のお買い物とかで10だの20だのと貯めている状況。
たまに今日は頑張ったからアイス買ってこう、贅沢してハーゲンダッツにしよう、なんてちょっと贅沢する日もあるけど。

そんないつもの生活が、役に立つこともあるんだな。
だから、どんな時でも、自分の為すべきことをきちんと為していこう。
そうすれば、いつかまた違う形で役に立てる時がくると思うんだ。

できることがあればやる、
できない時は、思い続ける、
思いながら、世の中の仕組みの一つとしての役割を果たしていこう。



これからの日々も、私は嬉しいことがあったら笑うだろう、
楽しいことに時間も使っていくだろう。

辛い状況にある人が、そんな私を見て、怒りを覚えたり、悲しみを感じたりしたのなら、
ただ、嫌な思いをさせてしまい申し訳ありません、と言うしかありません。

でも、決して、
辛い思いをしている人を嘲笑っているのではないのです。
自分の幸せを見せつけて優越感に浸っているんじゃないのです。

バラエティー番組で見るような、誰かを困った目に遭わせてそれを他の出演者が笑って見ている、
そんな笑いではないのです。

笑ったり、楽しい思いをするその度に、
それは幸せなことなのだと、それができない人がいるのだと、
胸に今までになかった痛みを感じ、
その人たちのために何かできることはないのかと、
その人達が早く普段のように笑えるようにと、
今、日本中でたくさんの人達が思っているはずです。

困っている人がたくさんいるのに、自分は普段通りの生活をしていていいのか、
普段通りの生活をすることに罪悪感さえ感じる、
決して以前と同じ自分ではいられない、
そんな人たちがたくさんいる。

直接何かをできなくても、思いを寄せている人がたくさんいるはずです。

渦中の人たちに比べれば本当に小さな痛みかもしれないけれど、
本当に小さな苦痛かもしれないけれど、
それを抱えつつ、私たちは私たちでいつものように日々を送る努力をする。
笑わないようにすれば、楽しまないようにすれば、その痛みは和らぐかもしれないけれど、
そうはしない、
その痛みが「思い」なのだから。



慎まなければいけないのは、
粛さなくてはいけないのは、
自分とは関係ないと、全く思いを寄せないこと、
他人の苦難を話題のタネにして楽しむこと、それで笑うこと、
自分の苦痛を和らげるために、何の役にも、誰の役にも立たない言動をすること。



バーンと背中を叩いてくれた人も、
ふんふんと話を聞いてくれた人も、
黙って隣に座ってくれていた人も、
みんな、私の痛みを少しずつ引き受けてくれていたんだと、今になって気づく。

ありがとう、
今度は私が誰かの痛みを引き受けていきます。
それができる強さを、あなたたちがくれたから。



C.O.M.M.E.N.T

No title

泣けますー。
deracineさんの文章ってホントに響きます。
出来る事が何もないような時でも、だからと言って
関係ないで済ませるんじゃなくて、心を寄せる事って大切ですよね。
回りまわって巡り巡って、誰かのためは、自分のためでもあるように思います。

2016/04/24 (Sun) 12:28 | しーちゃん #- | URL | 編集 | 返信

Re: No title

>しーちゃん 様

直接目に見えること、すぐに結果が出ることばかりが正しいのではなくて、
目には見えなくても、いつ形になるかわからなくても、
思い続け、行動し続けることをたくさんの人がしていけば、
この国はもっと良い国になるような気がします。

> 回りまわって巡り巡って、誰かのためは、自分のためでもあるように思います。
あの時一緒にいてくれた友人に、40年近い時が経った昨年、ささやかなお返しができました。
本人は「そんなことあったっけ?」と笑っていましたが。

しーちゃんも少しづつ少しづつ、元気になられますように。

2016/04/25 (Mon) 15:42 | deracine #- | URL | 編集 | 返信

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